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劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-

そろそろネタバレ感想許されるかな?

ARC-Vの感想ガッツリ書いて疲れてからこれ書いてる&見てからそれなりに時期が経ってるのであっさり行きましょう。

総評、非常に良い。

SAO見ている時はアスナが黒の剣士の背中を思い出して、100層へ向かって行き、シリカ助けるあたりで感動してました。

後々考えてみると、一番深いのは「あんなクソゲーの記憶奪ったっていいだろ」と言っていたEijiが、キリトに負け、教授からSAOの記憶奪われる事を恐れた場面、そして全てが終わった後に涙する場面だと思います。
記憶(SAO時代の)っていうのが一つのテーマになってるわけだけど、これについて描かれてるのはユナとEijiとアスナとクライン。この4人はそれぞれ立場が違って、これを正しく受け止めるのが視聴者としての役割かと思う。

この4人、立場は大別するなら、ユナとクライン、Eijiとアスナがそれぞれ同じグループになります。
前者二人は、SAOの記憶にはそこまで執着がない。それは、すでに死んでしまっている事に由来する諦めであったり、過去に対する大人びた考えによる諦めであったりする。
後者の二人はSAOの記憶に非常に執着している。アスナは、過去から続く今の自分を形づくるものとして、Eijiは過去に対する後悔と今の自分の強さの証明をする対象として執着している。

正直、この映画で描かれている事件はSAO関係者以外には全く無関係である。
事実、物語中でも必死なキリト君に一般人はドン引きです。

でも、そこにはいろいろなSAOプレイヤーのいろいろな記憶に対する思いが詰まっており、SAOの代名詞である一種の自身の存在を掛けたデスゲームなのであるという感じ。
その辺は事件のきっかけとなった、SAO事件の纏め本にも最終的に反映されている。

SAO作品全体に対するこのゲームの役割はアリシゼーションへのつなぎですね、つまり思いの強さ。
これは、原作でも語られているように、茅場が信じた人間の可能性、つまるところソードアート・オンラインが求めたものです。
冒頭に感想で述べたアスナが黒の剣士の背中を思い出す場面や、マザーズ・ロザリオを繰り出す場面、VRから飛び出してきたキリトなんかはまさしく思いの強さですし、教授やEiji、ユナの行動も一種の思いの強さだと思います。
もちろん、ダイレクトにラースの話も出てきました。

眠くて頭が回りませんし(現在、明朝4時10分)難しい話はこの辺にして、上映中に私が思ってたことなど、

「空白さんはやっぱり最強だぜ!」
はい、結構思った人多かったと思います。オーディナルスケールランキング一位はユナ、物語の最重要事項なので、序盤はプレイヤーネームが空欄になっているのですが、一位の名前空欄とかどう見ても空白です、本当にありがとうございました!
さぁ、ゲームを始めよう。

「ユナちゃん色っぽい」
ユナちゃん色っぽいです。
delete歌ってるシーンとかめっちゃ良かったよね。
一種、初音ミクとかの最終進化系なわけだけど、電子アイドルって年取らないし、AIと歌唱力が人間と比べて遜色ないレベルになったらアイドルとして最強だよね。
そりゃ世界中が熱狂するわ

「キリトの戦闘後の癖」
序盤からずっとこの癖出てないな-、ミスかなーと思ってましたが、最後、黒の剣士の姿の時に出ましたね、流石にミスではなく演出だったか、剣大きすぎて不格好だったけど

こんな感じ、とても面白かったのでみんな見てくれよな!
(もっともネタバレ回避で見てない人はこの記事のここまでたどり着かないかもですが...)

これは円盤買おうかな-、まずは入場特典で貰った小説読まないとな...

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